雨の人たち、よろしくね。

 立派に制服なんか着て勉強をさぼっていた頃、暇を見つけては、ガリガリ研いだ先の鋭い鉛筆で手をスケッチしていた。絵を描くことが好きだった。

 

 ところがある日とつぜん、夕立が降り始める。

 とたんに空気が湿っぽくなって、濡れたプールサイドで感じる、地面の水分が蒸発したような生乾きの匂いが辺りに立ち込める。夏の雨はそうだ。

 

 

 雨は降り続ける。

 排水溝に流れていく路肩の泥水の音や、黒いアスファルトを打ち付ける、何百、何千もの水滴のピシャン、パタンという音。俺はその音に耳を澄ませる。

 

 しばらくそうしていると、ふっと吐く息と一緒に何かが抜けていくような感覚に襲われる。

 目のまえの世界から、みるみる色彩が奪われていくような感覚。気が付いた時には、「あれ、俺どうして絵なんか描きたいんだろう」と思ってしまっている。

 

 

たとえば、鏡に映った自分をいつまでもじーっと見つめていたり、写真のなかの自分とじっくり見合ったりしていると、自分って何だろうかと、現実と乖離していくような感覚になるが、それに近い。ゲシュタルト崩壊なんだろうか、俺にはわからない。

 

 

 ただ、そんなことがしょっちゅうあるので、俺は必ず、少し仲良くなりだした人には似た経験がないか聞くことにしている。

 

 他人にもそんな時があるはずだと信じていた。ところが大抵はあっさりした反応ばかりだ。さっぱりわからないという顔をするか、俺の感性について何かしらこじつけた感想を言うだけだった。皆若かったせいだろうか。

 

 

 

 学校の日も休日も、かまわずせっせと奥歯を刺しつづける、働きものの虫歯に悩まされていたとき、歯科医院で一冊の絵本を手に取った。

 

 雨ぎらいの少女の話だった。

 

 赤いレインコートに黄色いブカブカの長靴、水色の傘を差した少女は、雨の中で段ボールに入った捨て犬を見かける。

 小麦色の大きなゴールデンレトリバーで、彼は喋ることができた。少女は彼に言う。

 

 

 

「雨ってね、はれた日にあつめておいたキラキラしたものぜんぶ、のみこんじゃうんだ。だからぜったいに、雨になんかあたっちゃだめよ」

 

 

 

 少女は犬に傘をあげた。あくる晴れの日、犬は王子様の姿を取り戻して、少女にお礼を言う…という話だったかは定かではない。俺の記憶に残ったのはこの台詞の方だ。

 

 

 

 思うに、やる気とか希望とかいう「キラキラしたもの」は、何かを成せるという確信から湧き起こるものだ。その確信に根拠があるかは問題じゃない。握りしめた手のなかに「掴んだ」確かな感触が必要だということだ。

 

 

ところが、降っては跳ねてを繰りかえす無数の雨の水を見ていると、なにかやり場のない気持ちになってくるのだ。

 

 

 

 これまでいくつもの趣味をやりかけのまま捨ててきた。

 

 雨と同じように、浮かびあがってははじけて消えていく。

 キックボクシングもやった。アーチェリーもやった。革の靴作りもやった。ピアノも習った。

 あれもこれも、雨の日の訪れに、ぱったり熱意を奪われてしまった気がする。

 

 

 

 たまに顔を合わせる姉貴は、毎度のように俺に言う。

 

 

「仕事は真面目じゃないわりに遊びもしない、女にもモテない。それでお前、趣味もなかったら人生何が楽しいの」

 

 

 クイズの解答を教えてあげたような言い方をする、ヤツの言葉が合っている気はしないが、心にグサっとくるこの悔しさが、ある一面でそれが正解であることを痛みでもって伝えている。

 俺はどこか間違っているのだろう。

 

 

けれど、世の中の多くの人が楽しくもない平日を送っているのも事実じゃないだろうか。人間なんだから誰にでも雨の日はあるだろう。

 

 

 たまに俺は、雨の日に肩を寄せ合い支え合う、小さい人たちを想像する。

 

 

「雨だ!来やがったな。よし、お前たちちゃんと肩を組むんだ。いいか、しっかり自分を保つんだぞ」

 

 

 彼らは円陣を組んで一つになる。雨の人たち。

 

 

 雨の人たちは、自分の中にいる。彼らに手を貸してもらうには、きっと自分自身への問いかけが必要なんだと思う。

 

 

 

“お前は何がしたい。誰かの役に立ちたいか。憂さを晴らしたいか。建設的な目標に身を投じてみたいか。愛されたいか。女の子を抱きたいか…。”

 

 

 

 きっとその全部が欲しい。

 それにもかかわらず、降り続ける灰色の雨を眺めながら、尻に合わない小さい椅子を軋ませて、煙草をふかしている。

 

 

 雨だろうが、どこへなりと行けばいいのに。

 

 雨に濡れて生乾き臭くなったTシャツのまま、すっかり連絡を取らなくなった誰かと飲みにでかけてもいいし、上野に行ってハズレの女の子でも引いて抱いてもいい。

 

 

「趣味もなかったら、人生何が楽しいの」

 

 

  “趣味”なんてピッタリした四角い箱に入れなくたっていいじゃないか。

 

 一日の終わりに、もし「今日って日をくれてありがとう」と言えたなら、そんな毎日だったら、一生趣味がなくてもいいかもしれない。

 結局は、今日が楽しいかどうかではなく、今日の自分の振る舞いに満足できたかどうかなんだ。

 

 

 

 雨の日に笑える人間でいられればと願う。

 

 

 雨の人たち、よろしくね。

わたしの声があなたに届いたなら

 暖かい陽射しがわたしの身体に触れた。

 

 わたしは陽が当たっている部分の穴をすこし開いた。そこからゆっくり空気を吸い込み、作り出したばかりの新しい空気を吐き出した。身体のなかがすっと涼しくなった。

 

“かよちゃんは、まだ起きなくていいのかしら”

 

 太陽の光が、わたしの身体をすっぽりと覆ってしまった頃、かよちゃんがようやく目を覚ました。

 

「えっ、十時?もう間に合わないよ‥」

 

 彼女は慌てて洋服を脱ぎ、シワのない白い服に着替え始めた。

 

“これだからわたし、大丈夫かなって思ったのよ”

 

「アリスごめん。あたしすぐ行かなきゃだから、水あげられないの。お母さんに頼んでおくからね」

 彼女はがたがた音を立てて、急ぎ足で部屋をあとにした。

 

“いつもの事でしょう。行ってらっしゃい”

 

 わたしはこの場所が好きだった。

 ここは窓が大きくて、陽をいっぱい浴びることができた。それに、かよちゃんのお話しを聞くこともできた。

 

 この部屋に来るとき、自然のなかで暮らす仲間たちを見かけたけれど、彼女たちはあまり会話をしないみたいだった。人間のちかくで育ったほうが、お話し好きになるのかも知れない。

 

「また葉っぱが枯れちゃってる。寒くなってきたし、そろそろかなあ」

 かよちゃんのお母さんは、わたしに水をくれたあと、枯れた葉っぱと花をいくつか取っていった。

 

 

 近頃は根が弱ってきたみたいで、身体に必要なものをお腹いっぱい頂くことができなくなってきた。わたしの身体は、寒い季節に耐えられないのかもしれない。

 

 この部屋は好き。けれど、自分がこのまま枯れゆく事を想うと心が落ち着かなかった。わたしには自然から与えられた、大切な使命があった。

 

 もしわたしに歩くことができたなら、長い脚を踏みしめて部屋を抜け出し、土のある場所で一生を終えることができるのに。

 

 

                 ***

 

 

 かよちゃんは、お友達にわたしを紹介することが好きだった。

 

「見て、綺麗でしょ。アリスって名前にしたの」

「ほんとだ。白いお花が綺麗。」

 

 わたしはそのとき、人間の大切な言葉を教えてもらった。

「アリス」という名前。

「お花」という単語。

「綺麗」という言葉。

 

“ここで枯れてしまってもいいと思ったのに”

 

 

                 ***

 

 

 すっかり太陽が沈んでしまってから、かよちゃんとお母さんが部屋にやってきた。

 

「ほら、アリスちゃん、もう枯れてきてるでしょ」お母さんが言った。

「ほんとだ」

 

 かよちゃんはわたしの花びらを撫でてくれたけれど、その顔は何だか苦しそうだった。

 

“どこか身体が悪いのかしら”

 

「あたしがお水あげるの、さぼったから…」

「私があげてました」お母さんはそう言って、目を細めた。

 

“はい、お母さんから頂いていました”

 

 わたしもお母さんに同調した。

 

 

 かよちゃんは、わたしの葉や茎を優しく触った。

 

「アリスはもう、おばあちゃんなんだね」

 

 彼女が真剣な顔で言うので、わたしは何だか可笑しくなった。

 

 お母さんはいちど部屋を出てから、小さなお皿を持ってもどってきた。

 

「ここに種を入れておいたから。かよも枯れた花びらをここに集めておきなさい。来年の春に植えればまた芽が出るから」

「花びらが種?」

「花びらの下のところに種がついてるでしょ」

 ふたりは小さなお皿に顔をよせ合った。

「アリス、来年になったら種を植えてあげるからね」

 

 

                 ***

 

 

 冬の厳しい寒さが体に堪える。

 わたしの花はもうすべて枯れ落ちてしまったようで、周りの景色が何も見えなくなっていた。

 

 真っ暗闇のなかで、わたしはじっと“その時”を待っていた。僅かな日差しの温かみが、かろうじて太陽の時間であることをわたしに伝えてくれた。

 

 身体に力が入らないから、もう葉っぱを太陽の方へ持ちあげることも、呼吸をする穴をひらくこともできなかった。

 

 自然のなかで暮らす仲間たちが、どんなふうに終わりを迎えるものなのか、わたしは知らない。けれどわたしは、生まれてからずっと感じてきた大切な使命を、かよちゃんに託すことにした。

 

 わたしの種が太陽の光の下で、新鮮な土壌から命を芽吹かせるところを想像した。それは素敵な光景だった。

 

「アリス、見える?」

 すぐ傍で、かよちゃんの声がした。

 

「あなたの種を集めたの。来年きっと、また会おうね」

 

 わたしはできることなら、かよちゃんの方へ葉っぱを持ち上げたかった。

 

“あなたなら、この感情をなんと表現するの?わたし、少しでも葉っぱをあなたに近づけたい。もしわたしに手があったのなら、わたし、その手であなたの頬に触れたい”

 

 

 人間が持つあらゆる感謝の言葉を、わたしに知ることができたのなら。

 

 

「綺麗よ。アリス。いままでありがとうね」

 

 

 意識が徐々に朦朧としてきた。

 

 幾本ものなま暖かい蔦が、穏やかにわたしに絡みつき、したへ、したへと、導いていくような感覚がした。

 

 

“ありがとう”

 

 

 わたしは、自分がひと掬いの土になった未来を感じた。

 

 土は石や動物に固められ、風に撫でられ、たっぷりと雨をいただき、新しい命を受け入れる。

 

 

 わたしは大切な言葉を教えてもらった。